国民的野球漫画として、世代を超えて愛され続ける水島新司先生の『ドカベン』。主人公・山田太郎が明訓高校の仲間たちと甲子園で活躍する姿は、野球漫画の金字塔として多くの人々の記憶に刻まれています。しかし、この偉大な物語が、実は「柔道漫画」として始まったという意外な事実をご存知でしょうか。この記事では、『ドカベン』の知られざる連載初期に迫ります。読者が最も知りたい「なぜ柔道漫画だったのか?」「柔道編は何巻まで続いたのか?」といった核心的な疑問に、一つずつ徹底的に答えていきます。
当サイトでは、本作以外の野球漫画全体の専門用語や元ネタを解説したまとめ記事もご用意しています。
なぜ『ドカベン』は柔道漫画として始まったのか?
国民的野球漫画『ドカベン』。しかし、その伝説が「柔道漫画」として始まったことをご存知でしょうか。この記事では、連載初期の貴重な柔道編について、読者が最も知りたい「なぜ?」「何巻まで?」といった疑問に、一つずつ徹底的に答えていきます。
なぜ『ドカベン』は柔道漫画として始まったのか?
野球漫画の第一人者である水島新司先生が、なぜ代表作のスタートを柔道というジャンルに選んだのか。そこには、当時の漫画界の事情と、作者の巧みな戦略がありました。
- 作者・水島新司が抱えていた「裏かぶり」問題
- 当時の『週刊少年チャンピオン』と野球漫画の人気
- 読者を惹きつけるための戦略的な「変化球」
作者・水島新司が抱えていた「裏かぶり」問題
『ドカベン』が柔道漫画として始まった最大の理由は、作者・水島新司先生が当時抱えていた「裏かぶり」問題にあります。『ドカベン』が『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)で連載を開始した1972年当時、水島先生はすでに別の野球漫画『男どアホウ甲子園』を『週刊少年サンデー』(小学館)で連載中でした。同じ作者が、同じ週に発売される競合誌で、同じジャンル(野球漫画)の作品を連載することは、業界の慣例として避けられていました。そこで水島先生は、あえて異なるジャンルの柔道漫画として『ドカベン』をスタートさせることで、この問題を回避したのです。
当時の『週刊少年チャンピオン』と野球漫画の人気
1970年代初頭の漫画界は、『巨人の星』の大ヒット以降、野球漫画が一大ブームとなっていました。後発の週刊誌であった『週刊少年チャンピオン』も、看板となるような本格野球漫画を熱望していました。野球漫画の第一人者である水島先生に白羽の矢が立ったのは当然の流れでしたが、前述の「裏かぶり」問題があったため、すぐに野球漫画を始めることができなかったのです。
読者を惹きつけるための戦略的な「変化球」
柔道漫画としてスタートしたことは、結果的に読者の興味を惹きつけるための戦略的な「変化球」となりました。まず柔道という舞台で、山田太郎や岩鬼正美といったキャラクターたちの人間離れしたパワーや個性的な性格を強烈に印象付けました。読者がキャラクターに十分感情移入した段階で、満を持して野球の舞台に移ることで、物語はより大きなカタルシスを生むことに成功したのです。
『ドカベン』の柔道編はコミックス何巻まで続いた?
多くのファンが気になるのが、「柔道編が一体いつまで続いたのか」という点です。コミックスの巻数と、物語の転換点について正確に解説します。
- 結論:柔道がメインだったのは単行本7巻まで
- 野球の要素が登場し始めるのは何巻からか
- 路線変更の兆候が見られたエピソード
結論:柔道がメインだったのは単行本7巻まで
『ドカベン』の物語が、柔道を中心に描かれていたのは、秋田書店の少年チャンピオン・コミックスで言うと、単行本1巻から7巻の途中までです。連載期間にして約1年ほど、山田太郎たちが高校1年生の夏までが、柔道編の主な期間となります。この期間、彼らは鷹丘中学校の柔道部員として、地区大会や全国大会で激闘を繰り広げました。
野球の要素が登場し始めるのは何巻からか
野球への路線変更の兆候は、比較的早い段階から描かれています。コミックス2巻あたりで、山田太郎が野球部の助っ人として試合に出場するエピソードが挿入されるなど、伏線は張られていました。そして、物語が大きく野球に傾き始めるのが、鷹丘中学を卒業し、明訓高校に入学するコミックス8巻以降です。このあたりから、柔道部の活動と並行して野球部の描写が増えていきます。
彼らが進学することになる明訓高校のモデルについては、こちらの記事で考察しています。
路線変更の兆候が見られたエピソード
決定的な路線変更の兆候が見られたのは、山田太郎たちが高校1年生の夏、神奈川県大会の決勝戦です。この試合で山田太郎は、柔道部の主将でありながら、野球部の四番打者としても出場し、劇的な活躍を見せます。このエピソードを境に、物語の主軸は急速に野球へと移っていきました。
柔道編には誰が登場した?主要キャラクターを紹介
貴重な柔道編では、山田太郎や岩鬼はどのように描かれていたのでしょうか。後の野球編にも繋がる、主要な登場人物たちを紹介します。
- 主人公・山田太郎の得意技「通天閣投げ」
- ライバルとして登場した岩鬼正美
- 野球編には登場しない柔道部の仲間たち
主人公・山田太郎の得意技「通天閣投げ」
柔道編の山田太郎は、その巨体と底なしの怪力を武器に、向かうところ敵なしの柔道家として描かれています。彼の代名詞となった得意技が「通天閣投げ」です。相手を軽々と頭上まで持ち上げ、脳天から畳に叩きつけるこの荒業は、彼のパワーを象徴する技でした。この人間離れしたパワーが、後の野球編での超高校級のホームランへと繋がっていきます。
ライバルとして登場した岩鬼正美
後の盟友となる岩鬼正美は、柔道編では山田太郎の最初の強力なライバルとして登場します。他校のエースとして山田の前に立ちはだかり、激闘を繰り広げました。この柔道での対決を通じて、二人の間には奇妙な友情とライバル関係が芽生え、後の明訓高校野球部でのコンビ結成の土台となったのです。
岩鬼の代名詞である「グワラゴワガキーン」という打球音や、「悪球打ち」の秘密については、以下の記事で詳しく解説しています。
野球編には登場しない柔道部の仲間たち
柔道編には、山田太郎と共に戦った鷹丘中学柔道部の仲間たちも登場します。主将の「わびすけ」など、個性的なキャラクターがいましたが、彼らの多くは高校進学と共に物語から姿を消しました。彼らは、山田太郎が柔道家として成長する上で欠かせない、重要な役割を果たしたキャラクターたちです。
なぜ野球漫画へ?路線変更の理由と経緯
柔道漫画として人気を博していたにもかかわらず、なぜ『ドカベン』は野球漫画へと舵を切ったのでしょうか。その背景に迫ります。
- 「裏かぶり」問題の解消
- やはり野球が描きたかった作者の情熱
- 読者からの反響と編集部の判断
「裏かぶり」問題の解消
路線変更の最大の理由は、柔道漫画としてスタートしたきっかけである「裏かぶり」問題が解消されたことです。『週刊少年サンデー』で連載していた『男どアホウ甲子園』が完結したことにより、水島先生は『週刊少年チャンピオン』で心置きなく、本領である野球漫画を描ける状況になったのです。
やはり野球が描きたかった作者の情熱
水島新司先生自身が、誰よりも野球を愛し、野球漫画を描くことに情熱を燃やしていたことも大きな理由です。柔道編も非常に魅力的な物語でしたが、作者の中には常に「山田太郎や岩鬼といったキャラクターたちが、野球のグラウンドで躍動する姿を描きたい」という強い思いがあったとされています。路線変更は、作者の創作意欲が自然と向かった、必然的な流れだったのです。
読者からの反響と編集部の判断
柔道編の途中、助っ人として山田太郎が野球をするエピソードが描かれた際の読者からの反響が、予想以上に大きかったことも、路線変更を後押ししたと言われています。編集部も、野球漫画としての『ドカベン』に大きな可能性を感じ、作者の意向を尊重する形で、本格的な野球漫画への移行を決定しました。
『ドカベン』柔道編に関するQ&A
『ドカベン』の知られざる柔道編について、ファンからよく寄せられる疑問とその答えをまとめました。
- Q. 柔道編は今からでも読めますか?
- Q. 山田太郎は柔道でどれくらい強かったのですか?
- Q. 野球漫画に変わって人気は出たのですか?
Q. 柔道編は今からでも読めますか?
A. はい、もちろんです。現在刊行されている『ドカベン』の単行本や電子書籍の1巻から7巻に、柔道編は完全に収録されています。物語の原点として、ぜひ一度読んでみることをお勧めします。野球編しか知らない方にとっては、新鮮な驚きがあるはずです。
Q. 山田太郎は柔道でどれくらい強かったのですか?
A. 作中では、中学柔道界において敵なしの存在として描かれています。そのパワーは圧倒的で、並の選手では全く相手になりませんでした。全国大会でも優勝しており、もし柔道を続けていれば、間違いなくオリンピックを狙える逸材だったと言えるでしょう。
Q. 野球漫画に変わって人気は出たのですか?
A. はい、結果的に大成功を収めました。路線変更後、『ドカベン』の人気は爆発的に高まり、『週刊少年チャンピオン』の看板作品へと成長。その後、数々の続編が描かれる国民的野球漫画となり、連載期間は通算46年にも及びました。柔道編というユニークな助走期間があったからこそ、より高く飛躍できたと言えるかもしれません。
まとめ
この記事では、国民的野球漫画『ドカベン』が、連載当初は柔道漫画だったという意外な歴史に迫りました。他誌で連載していた野球漫画との重複を避けるための戦略として始まった柔道編は、コミックス7巻まで続きました。しかし、その戦略的な理由以上に、作者・水島新司先生の野球への尽きない情熱が、物語を本来あるべき野球の道へと導いたのです。このユニークな出発点こそが、『ドカベン』という作品に他にはない深みと奥行きを与えた、重要な物語の一部なのです。


